すぐ忘れる

朝井リョウ原作の映画「正欲」を見た。良かった。知らないことが何と多いのだろうとも思った。少し暗い映画なので、気持ちが落ち込みやすい方は避けた方が良いかとは思うのだが、考えさせられる内容だった。周囲と馴染めず一人で高校生活を送っていたヒロインが一度だけの共有体験でこの男の子は自分と同じかもしれないと感じる。が、その男の子は転校してしまう。ずっと他人とは違うと感じながら生きているヒロインに、その男の子が地元に戻ってきているとの情報が同級生からもたらされる。それで、その子に会えるかも?と考え、気の進まない同級生の結婚式に参加する。そこでは何も起こらないのだが、男の子の監視を続ける中で事故に遭遇し話す機会が訪れ「同類だ」との確証を得て親しくなっていく。その後、世間的に奇異な目で見られることを避ける為に偽装結婚をしないかと提案され受け入れる。恋愛感情が無いのも分かった上での結婚。ルームシェアのような結婚生活だが、初めて感覚を分かち合える人との同居は、お互いに心の安定を生む。一人で生きてきたヒロインは、感覚の近い他者との生活で生まれて初めて「楽しい」と感じる心が芽生える。彼女が劇中「違う星で生まれて、地球に留学してる感覚だった」と言うシーンがある。この世界に居場所がないことを自覚して何とか浮かないよう生きているのは本当に辛いことだったと感じるし、毎日が窒息しそうになる生きづらさがよく描かれていた。文字通り、息が出来ないような毎日なのだ。多様性が叫ばれる昨今、みんな違って当たり前と声高に言われるようになってはいるが、自分事のように分かるのは難しい。「これが楽しくないの?」「これ見て感動しないの?」「変なの」「付き合い悪いね」etc。

無意識に自分の感情を押し付けたり、同じじゃないことに異論を唱えがちだ。少し前にみたテレビドラマの「3年A組今から皆さんは人質です」や「最高の教師」などで感動して「ホントそう!」と納得したのに、また改めて感動したのだから忘れてしまっているのだ。陽キャ・陰キャがあるのも、感じ方も考え方も人それぞれなのに、頭では分かっていても心の奥底にストンと落ちてなかったんだと思う。

忘れちゃうのだ!もちろん、忘れて良い事も沢山あるし、むしろ忘れるから生きていける場合もあるが、他人に対する思い遣りや想像は忘れていけないものなのだ。Eテレで2014年に制作された「君が僕の息子について教えてくれたこと」という番組がある。一人の日本人の若者が書いた「自閉症の僕が飛び跳ねる理由」が世界20ケ国で翻訳されベストセラーになり、自閉症の子供を持つ親たちの心を救った。その翻訳者が、原作者の若者に会いに来日し対談する姿を追うドキュメンタリーだ。原作者の直樹さんは重度の自閉症で、気持ちを言葉に表せずにいた。気持ちの表現方法は、動作だけなのだ。しかし漢字を教えるとアッという間に習得する様をみた両親が根気強く教え、PCのキーボード通りの配列の紙を渡すことで、その紙に文字を打ちながら会話が出来るようになる。番組の中で翻訳者の方が「一番怖いと思うことは何?」と直樹さんに訊ねると、「人の視線」と答えるシーンがある。そうなのだ!私たちは無意識に自分と他者の違いを察知し、違うものに対して冷たい視線を送っているのだ。どんなに相手を傷つけているかを認識せずに、だ。改めて、忘れてはいけないのだと思った。【ベティ】

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