多方向からみる

昨日テレビで神戸(かんべ)さんという画家の方が出ていた。「あ、この方はかんべさんね」と何の疑問も持たずに視聴していたのだが「あっ!!!」とふいに気付いた。「何ということだろう。そうか、そういうことか」と。事は、15年前位に遡る。当時<神戸行き>と書いた荷物を送る際に「かんべ行きですね」とドライバーさんに訊かれ「いえ、こうべ行きです」と答えたことを思い出したのだ。「何、この人。こうべも読めないの?!」と内心バカにしてしまった。

先週「怪物」という映画を観てきた。一つの事象を三つの視点から捉えて話が進むのだが、最初は「こいつぅ!」と腹を立てていた人が、次の視点からみると悪い奴には思えないのだ。これには驚いた。

他人の立場にたって考えろ、と小さい頃から言われ続けてきたはずなのに、一方からしか見ていなかったと言うことだ。この映画の脚本家は「自分が運転していた時、信号が青になったのに前のトラックがいっこうに動かずクラクションを鳴らした。ようやく動き始めると、横断歩道に車椅子の歩行者がいた。トラックの車体が大きすぎて、歩行者の姿を確認することが出来なかった。このことを激しく後悔した」と話している。

つまりは、そういう事なのだと私も気付いた。かのドライバーさんに「神戸(かんべ)さん」という知人が居た場合、真っ先に出てしまうだろう。私は地名としての神戸(こうべ)しか頭になかった。どちらも間違ってはいない。が、バカにしてしまった段階で私のほうが間違っている。それに気付いたから「あっ!!!」となったのだ。年齢を重ねて、事件等のニュースを目にすると「この人が罪を犯すまでの過程に目を向けないと、一概に責められないよなぁ」と思うことがある。老老介護殺人などは、それの最たるものだ。そう分かっていたつもりなのに、それなのに、だ。まだまだ修行が足りない・・・。

コメント

タイトルとURLをコピーしました