樹木希林さんが亡くなられてから7年が経つ。彼女が若い時は「変わった女優さん」という印象しかなかったが、晩年は唯一無二の女優さんという印象に変わった。先日テレビで一人娘の也哉子さんの言葉を聞いて、私の長年の謎が解け「なるほど!」と唸ったことがある。
彼女が亡くなった後たくさんの特番が組まれ、トーク番組の再放送が放映され、名言集なる本等々も多数出版された。周囲に関係なく「個」を貫き「人生なるようにしかならない」と一種の悟りをもって生きた人にお見受けするが、ある医者が、「自分の意志ではどうにもならないことを運命として受ける潔さがあったのではないか」と評している。「わが母の記」で最優秀主演女優賞を受賞した際「これを頂くと来年司会でしょ。全身がんなので約束できないのよ」と話し、周囲を驚かせた。後に娘の也哉子さんが「何でおめでたい場で言うのかとクレームを付けたら、本人はいたって平然と『だっていつ死ぬか分からないから、ちゃんと断っておかないと先方にも迷惑でしょ』」と答えたと言い、なんてまっとうな心根を持っているのだろうと思ったそうだ。希林さんは癌になって「死を感じられる現実を生きられるというのは、ありがたいものですね。いつ死んでも悔いがないように生きたい。そう思っています」という言葉を残している。希林さんは、抗がん剤を一切使用せず、闘うのではなく共に生きることを選択した。そして「逃げたって癌は追いかけてくるんだから、やっつけようとすれば自分の身体もへばっちゃう。だから逃げることもやっつけも出来ないから、そのまんまいるって感じです」という言葉も残してる。希林さんが人一倍意思が強かったこと、家族が理解し支えたことも大きかったのだろうとは思うが、病気と一緒に生きることのお手本を見せてもらえた気がする。
女優の鈴木京香さんが共演した際にサインをお願いしたら、ある方の短歌をサラサラと書いて下さったそうだ。若い時分には理解できなかったが、その後調べたら、当時の希林さんが演じていた役と同じような人生を送った方の短歌だった、と話されている。映画「ツナグ」の中で紹介されるホイヴェルス神父の「この世の最上のわざは何?」という素敵な詩があるのだが、これも希林さんが監督に提案されて採用されたのだそうだ。たくさんの事を学び知ろうとしていた、芸能人である前に一人の女性として素晴らしい方だったと思う。
そうそう、私の長年の謎の話。世間的にはダメ亭主代表みたいな内田裕也さんと、何故離婚しないのか。これは、本当に謎だった。二人だけに分かり合えるものがあったのだとか、やはり愛していたのだとか、色々と取り沙汰されて久しいが・・・。先日のテレビで也哉子さんが「なぜ別れないのか」聞いた事があり、その時の希林さんの返事が「私の人生にとってワケのわからない存在が必要だった。普通の人では私の<虚無感>が埋められなかった。裕也と出会った時に「こんなメチャクチャな人と一緒になったら自分はその事で人生を一生懸命に生きていけると思った」のだそうだ。この言葉に、私の謎が解けた気がしたのだ。希林さんは、虚無感を埋めたくて裕也さんと一緒に居たのかぁ、と合点がいったから。也哉子さんは、「会えばケンカばかりだったけど、お互いが求め合ってるということを最後に見られた。最後の最後に、命を閉じるときにお互いをリスペクトし合ってる。なくてはならない、かけがえのない存在だったという事を、チラッとでも見せてもらえたから腑に落ちた」と話している。
他界する前にはよく「日陰になってる所をそこが日向になるような誰かの為に役立てるような人生に、この先していって」と也哉子さんに話していたそうだ。内田裕也さんが「ロックンロール」と毎度口にしていたが、樹木希林さんこそ、本当のロッカーだったと思う。【ベティ】

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